クラスに参加するための予習リーディング
私の通うFIT(Fashion Institute of Technology)のカフェテリアです。
私はいつも自宅からランチを持参するので(節約!!!)、ここのご飯を買って食べる事はないけど、、、
スターバックスが併設されているので、カフェテリアでコーヒーを買うことはしばしば。
この日もいつものBrewed Coffee(コーヒーはブラック以外飲みません...)をシンプルにオーダーして、とっとと授業前のリーディングをしていたところです。
お昼時からは賑わう生徒でいっぱいになるカフェテリアですが、午前中、とくに朝の早い時間は静かなので、コーヒー片手に&たまにミックスナッツのおやつをボリボリやりながらひたすらリーディングしていました。
正直...コミカレ時代は、、、「次回の講義の範囲」を読まずにクラスに参加しても、騙し騙しでどうにかなっていたので、リーディングせずに過ごしていたクラスもあった・・・。
でも、いまのFITでのシニアのクラスではディスカッションをメインとするクラスが多いので、リーディングをして内容を分かっていないとその日のクラスについていけず(=「参加」できず)、
しかもクラスは3時間、少人数(20数人)なので、大人数に紛れて居ないフリでやり過ごす事もできず(笑)、まるまる3時間が「意味がわからずただ座っているだけ...」になりかねません。
「アナタはこれについてどう思う?」と訊かれることだってあるし・・・
きっとたくさんの留学生が言うことだと思うけど、
受動的に静かにレクチャーを聞くよりも、内容に対しての自分の意見を言ったり質問をしたりすることが『参加の証し』さらには『そのクラス全体に貢献する姿勢』として評価されるのがアメリカの講義スタイルです。(おかげで「発言」というよりも「何かにつけてよく喋る」生徒もいたりするけど(笑))
「そこに居るだけ」では参加したとみなさないプロフェッサーも多いので、意見でも質問でも何か「発言」をすることが必要になります。
なので、いまだに「リーディング苦手」な私ですが、そうも言っておられずなんとか進む範囲は読んで参加しよう、とやっているところです。
そしてこの日もとある1つのクラス用だけで、テキストやアンソロジーやPDFファイルでダウンロードしたアカデミックエッセイなどで、合わせて100ページを超えるリーディング素材があり、朝早めに着いた学校のカフェテリアで授業までの数時間に最終追込をしていたところです。
クラスの時間までになんとかリーディングは完了したけど、哲学がらみの難解な内容のおかげ様で眉間のシワが一層深まり目がチラチラしながら教室へ向かったのです。。。
しかし私はまだまだ4年制バチェラー(学士)の途中。
海外の大学院で外国語でマスター(修士)、更にはドクター(博士)までも頑張って取得する日本人留学生だっているくらいなので、それに比べればまだまだ序の口なのでしょう。
今はまずこの4年制を終えることが先決なので、今後の学業について本格的な検討はしていませんが、
お金や時間がなんとか出来てチャンスがあるなら大学院にも行って更に興味のある分野をもっと知りたい、生活しながら勉強も続けたい、と漠然と思うことはよくあります。
その反面、こんな難解でたくさんのリーディングが課されている時は、「拷問以外の何物でもない!!!」と、学生身分とオサラバして清々したいわ!!!と思うのも事実。。。
でもこうして「こんなん無理だー。出来ないー。」を繰り返すうちに少し慣れてきて...当たり前になってきて...「できるようになってる♪」自分に気づき、
また次の新たに難易度のあがった「こんなん無理だー。今度こそできないー。」に出会い、再び無
理やりにでも繰り返し課すうちに慣れてきて...当たり前になり... また一つできるようになっている自分に気づく、、、
こんなサイクルを繰り返しながら少しずつ「出来る事」が増えていくのでしょう。
・・・ってことで、
なんとかクラスのペースについて行けるよう、いまの拷問リーディンを頑張るのみです♪
心を込めて綴ります
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カフェテリアにスタバがあるのですねー。
返信削除さすがマンハッタンのキャンパス!
リーディング、大変ですね・・・
専門課程に進むと、コミカレの授業とは雲泥の差ですよねー。
私はビジネス専攻でしたが、ディスカッションとか、よく聞いてると、結構みんな、どーでもいいこと長々言ってました・・・笑
日本人は、発言するなら意味があることを言え、という教育されて育ってるので、その点で不利?かもしれません・・^^;
kawamukoさん、そうなんですよ。スターバックスはどこにでもありますね!FITに限らず他のSUNY4年制など、多くの学校がキャンパスにスタバを設置しているようですよ。
削除そうです、そうなんです。「言うなら意味のあることを」というのは遠慮や躊躇のモトになっているとおもいます(笑)こんな当たり前な事言ってもしかたないだろうなーと思っていた矢先に、他の誰かが同じことを発言していたり(笑)
時と場合によってはあまり気にせず、考えすぎず(笑)がいいのかもしれません。